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【2023年版】欧州の無線通信市場とボーダフォン

【2023年版】欧州の無線通信市場とボーダフォン

本記事では、英ボーダフォン社の事業概要や欧州無線通信市場の特徴について解説いたします。

ボーダフォンは、グループ全体では巨大な事業規模を有し地理的にも分散しています。しかし、同グループのビジネス・モデルに関する長期の安定性については、慎重な評価が必要とされます。

内容は5VAアナリスト・レポート「ボーダフォン(Vodafone Group Plc)の事業概要と同社のクレジットの評価」(5バリューアセットチーフ・インベストメント・ストラテジスト 上田祐介、2023年12月13日)をベースに、ボーダフォンのビジネス・モデルや欧州の無線通信市場の特徴にフォーカスしていきます。

アナリスト・レポート本編ではボーダフォンの損益・財務推移や、信用格付け、投資評価などの詳細データを掲載してありますので、興味・関心を持たれた方はぜひそちらもご参照ください。

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ボーダフォン・グループ

有線・無線通信の回線提供による通話・データ通信サービス、ケーブルテレビ事業を運営する欧州最大手の総合通信会社のひとつであるボーダフォン・グループ(Vodafone Group Plc、以下ボーダフォン)は、ドイツ、イギリス、イタリア、スペインの4か国で、同社の主力サービスであるモバイル事業(無線通信)で強い収益力を維持し、固定ブロードバンドサービスやケーブルテレビ事業も同4か国を主軸に安定した売上高を保持しています。

ボーダフォンは欧州の一部同業他社を凌駕する事業規模を有し、事業展開は地理的にも分散していますが、ほとんどの市場で他のトップ・モバイル事業社に対する競争優位性を保持できていません。そのため、ボーダフォンは大規模な事業編成を進めており、スペインなどの大きなシェアを有する地域からの撤退も計画されており、同グループのビジネス・モデルに関する長期の安定性については、慎重な評価が必要とされます。

事業セグメントとその概要

前述のようにボーダフォンの事業は、モバイル、固定ブロードバンド、ケーブルテレビの3事業に分けられますが、本記事ではモバイル事業について取り上げていきますので、他の2事業の詳細はレポート本編をご参照ください。


顧客との締結契約の87%(3.37億回線)がモバイル契約ですが、モバイル事業の無線回線には定期契約型とプリペイド契約型という2つの契約形態があります。一般にモバイル回線の契約において、定期契約型(後払い)回線は顧客単価が高く解約率も低い傾向がありますが、それとは対照的にプリペイド型は低単価・高解約率という特徴があります。

ボーダフォンのモバイル事業では、定期契約が32%、68%がプリペイド型という比率で、安定した定期契約よりも不安定なプリペイド型が大きな比率を占めています。その一方、日本や米国の無線通信会社は後払い型の定期契約が主流のため、ビジネス・モデルが安定していますが、ボーダフォンや欧州市場における無線通信事業は相対的に不安定な特性を持っています。

地域別の事業状況

地域別の売上高はドイツ、イギリス、イタリア、スペインの順に大きく、南アフリカのボーダーコム事業の売り上げも健闘しています。また、四半期解約率は国・地域別に異なりますが全体としては12~16%程度(米国や日本の市場では1%程度かそれ以下)に留まります。

欧州市場では通信事業者に対する顧客の忠実性が低く。契約回線が簡単に乗り換えられやすいため、通信事業者のビジネス・モデルの安定性はアメリカや日本にくらべてはるかに低いことが明瞭です。

ボーダフォンは複数の欧州諸国のみならず南アフリカも含んだ多くの国で事業を展開しているため、各国で異なる収益性の傾向を示します。そのため、同社のモバイル事業に関する収益性や収益トレンドを分析・確認する上では、地域セグメント別の事業状況の違いを把握する必要があります。

出所: ボーダフォン開示資料より5バリューアセットで作成

上図は左がボーダフォンのFY2024H1における地域別売上高の割合、右図がその半期推移になります。図からは、売上高の1/4をドイツが占め、上位4か国(ドイツ、イタリア、イギリス、スペイン)が半期総売上高を占める欧州での主要市場であり、(スペインからの撤退予定はあるものの)過去4年間での国別売上高割合の構造は大きく変化していないといった特徴が読み取れます。

解約率の傾向は、四半期をみると全体では定期型回線が約8~16%、プリペイド型回線が24~60%でした。撤退・事業売却予定のスペインでは、定期型が16.5%、プリペイド型は各地域の中でもっとも高い68.3%の解約率を示し、トルコではFY2023Q3において値上げが行われた際、両回線の解約率が大幅に上昇しました。また、主要4か国の中で両回線に解約率が最も低いのはドイツですが解約率は11~12%と、約1%前後の解約率であるアメリカや日本とは比較にならない数字になっています。

欧州の無線通信事業はアメリカ・日本とは大きく異なる特性を有しており、事業者に対する顧客の忠実性が低く簡単に契約回線を乗り換えられやすいほか、サービスの質よりも価格に対する弾力性が高く、値上げによって顧客の離反が生まれやすいなどの傾向が観測できます。それらの観点から、欧州における無線通信事業者のビジネス・モデルの安定性は、アメリカや日本の事業者とは全く異なることが提示されます。すなわち、スペインの事例にみられるように、ボーダフォンのように地域内でトップ3に入るサービス・プロパイダーであっても自主的な撤退に追い込まれることがあり、超長期のビジネス安定性は他地域とは異なるという特質を念頭に置く必要があります。

ボーダフォンの事業再編状況

ボーダフォンの事業再編の状況について概観してみましょう。全体としての企業規模は欧州の通信企業の中でも極めて大きく、多くの地域で事業を展開してボーダフォンですが、 それぞれのコア地域において強い経営体質を有する通信業界の同業他社(ドイツのドイツ テレコム、英国の BT グループ、フランスのオランジュ、スペインのテレフォニカなど)に比べると、どの市場においても収益性の観点から競争力に欠けた状況にあります。

ボーダフォンでは、近年の収益性の悪化を受け、2023 年 5 月に新 CEO が3つの基本方針を伴う新経営計画を公表しました。同計画はこれまでのスケールメリット重視の拡大成長戦略からは大幅な転換となる事業再編の方向性を示しており、以下にまとめる3つの柱の下で同社のビジネス・モデルの再構築を進める内容となっています。

(i)顧客適正化(CUSTOMERS)

ポートフォリオの規模と配分の適正化、ビジネス部門(B2B)強化、不安定な顧客層から脱却し成長する顧客層に合わせた事業展開、顧客セグメントを考慮した満足度の強化。

(ii)事業のシンプル化(SIMPLICITY)

採算重視、グループの事業構造を簡素化、地域別の経営判断迅速化、自社技術優先方針からの転換。

(iii) 成長性重視(GROWTH)

成長する市場(欧州は地域選別+アフリカ)と事業部門への経営資本の集約、ROCE(使用資本利益率)の安定・持続化。

上記の計画に合わせ、各主要地域でも大幅な経営方針の変更が示されています。

ドイツ事業の強化

ドイツ国内における電気通信法が改正されたことで、加入者側からより簡単な手続きで既存契約を終了できるようになったほか、 ISP(Internet Service Provider) の実効通信速度等にもより強い規制がかけられるなどの経営環境の変化を受け、ボーダフォンでは契約固定ブロードバンド回線数の減少傾向と減収が顕著になりました。

こうした状況を受け、2022 年末にボーダフォンではドイツ事業の経営陣を交代し、ブロードバンド契約価格の引き上げを開始しました。この結果、ブロードバンドにおける加入者減少による減収は、固定回線のユーザーあたりの平均収益( ARPU) の増加により一定程度抑制されることが想定されます。

ただし、サービス単価の向上にはサービスの質的強化が必須のため、ドイツ国内では700 万回線の光ファイバーを追加敷設することが計画され、キャッシュフロー創出能力を改善するための前提として、短期的には借入れ増による財務負担の増加を伴うことになります。

イギリスにおける合併

イギリス事業では、市場こそ成長を継続しているものの、5G の全国展開に向けた設備投資負担と主要事業者間で激化する競争の中で、同国内で3位のシェアを有するボーダフォン UK(ボーダフォンが保有)を含む各社の今後の経営戦略が重視されてきました。過去に市場シェア 4 位の Three UK(CK Hutchison が保有)からのボーダフォン UK の買収提案が合った際には、政府契約の多いボーダフォン UK における機密情報保持の観点から監督官庁からの反対がありました。しかし、今回は共同出資会社を設立しその 51%をボーダフォンが保有することで、両社の経営統合が進むことで両社の契約が進展する形となりました。

2社を合わせた契約回線数は 2,700 万回線を超え、国内1位になる見込みです。回線数シェア以上に重要なのが、5G回線の先行展開で一気に差別化と市場での競争力強化を図ろうとする同業他社の、リープフロッグ戦略に対抗する経営戦略を実行できる態勢が整うことになる点です。これまでは、EE 社(BT グループが保有)、ヴァージンメディア O2(スペインのテレフォニカが保有)、米国のリバティ・グローバルなどに 5G 設備展開に要する資金調達力の差などから遅れをとる可能性がありましたが、合併が成立すれば大幅なコスト削減効果によって5G の展開競争上で劣後する懸念も低下します。

合併交渉の現状はあくまで両者間の合意であり、同取引はまだ英国の競争当局による厳しい審査をパスしたわけではありません。このため、2024 年一杯をかけても完了しない可能性があり、審査完了が遅れると設備投資ペースにも差が生じやすいと思われます。

イタリア事業における顧客セグメントの見直し

前述の通り、イタリア事業では単価の安い第2ブランド Ho.が提供するプリペイド契約回線数の構成比が多く、顧客契約の継続性と単価の両面で不安定性が高い地域です。ボーダフォンでは、イタリアで幅広く公益事業を営む SNAM 社に対し IoT (Internet of Things /モノのインターネット)関連のインフラ提供に関する提携を行ったことを公表しました。このイニシアチブにより、これまでの同国における通信事業では不安定化しやすく過当競争に陥りやすい個人ビジネスに加え、大口の法人ビジネスを加えることで、基本方針の顧客層の改善による今後の収益性の安定性強化への材料となる可能性があります。

ただし、イタリアにおける B2B の拡大が今後どの程度の売上規模を伴うのか、また不安定な個人向け契約のうち定期契約型に経営資源を集中していくのかどうかなど、売上高や収益性が安定的に改善するかどうかについての経過を、今後を見守る必要があります。

スペイン事業の対外譲渡

ボーダフォンでは、この数年、スペイン市場におけるモバイル事業の顧客単価と顧客数が下落し、採算の悪化が加速していました。こうした状況に対し、ボーダフォンでは 2023 年 5 月頃から同国事業の売却協議を行っている旨を公表しており、10 月 31 日に、ボーダフォンのスペイン事業を行っている Vodafone Holdings Europe, S.L.U. (“Vodafone Spain”)の株式をイギリス企業の Zegona Communications plc (Zegona)に譲渡する契約が成立しました。

複数のメディアでボーダフォンがスペイン事業を最大 50 億ユーロでイギリスの投資会社Zegona への売却する契約がほぼ固まり、許認可待ちであることが報じられ、その後、11月に公表されたボーダフォンの決算説明資料上でも、2023 年 10 月 31 日に同グループがボーダフォン・ホールディングス・ヨーロッパ(S.L.U.) の株式 100%の売却に関して、Zegonaと拘束力のある契約を締結したと発表しました。

11 月の決算説明会で「スペイン事業の売却完了後、ボーダフォンは少なくとも 41 億ユーロ(43.5 億ドル)の現金と最大 9 億ユーロ(9.5 億ドル)の償還可能優先株を受け取る見通し」との説明を行っています。この現金は、先のドイツ事業など、優先事業の強化にも充当されますが、株主還元など社外流出分を含む資本の再配分については具体的には明らかにされておりません。

上記のように、ボーダフォンでは主要 4 か国においても、収益力と成長性の向上に向けそ れぞれに全く異なる経営戦略を採っている状況が確認できます。このことは、同社のビジネス・ モデルが 5~10 年の単位で、今後も改変されうることを意味していると同時に、事業モデルが相対的に安定的な米国や日本とは、抜本的に異なる性格を有していることが分かります。




レポート本編では、ボーダフォンの損益・財務推移や、信用格付け、投資評価など、より詳細な情報を記載しておりますので、よろしければご覧ください。



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上田祐介

上田祐介

5バリューアセット株式会社 副社長兼インベストメント・ストラテジスト。1991年より大和総研でキャリアを開始。2001年より複数の欧州系・米系大手投資銀行でクレジット関連業務を担当。2010年よりメリルリンチ日本証券の、2017年からは三菱UFJモルガン・スタンレー証券のチーフ・クレジットストラテジストとして国内外のクレジット市場の調査チームを統括。日経ヴェリタス等の外部顧客評価で実績を上げる。

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