ホーム > 5V研修 > 二宮金次郎に学ぶ日本人の在り方

5V研修

二宮金次郎に学ぶ日本人の在り方

二宮金次郎に学ぶ日本人の在り方

5バリューアセット株式会社は、日本のIFA(金融商品仲介事業者)を変えたいとの理想の下に、代表斉藤彰一が立ち上げた企業です。 

当社ではお客様と社会に役立つ存在を目指し、経営哲学・理念の共有や、精神性の修養に努めるべく、外部講師をお招きしての社内勉強会を定期的に催しております。 

以下では、当社が開催した社内勉強会についてご紹介させて頂きます。 


2022年6月に5バリュー研修を当社の大阪オフィスで開催しました。また、2023年3月より、5バリューオフサイト研修として外部講師をお招きしての社内勉強会を東海東京証券日本橋オフィスのセミナールームをお借りして開催しております。

順番は前後しますが、本記事では二宮金次郎を主題に据えた5バリュー研修(オフサイト研修の前身に相当しますが、実質的には第1回)の内容や関連トピックなどをまとめていきます。

22年の5バリュー研修では事前の共通テクストとして五十嵐 匠監督の『映画「二宮金次郎」』(2019)を鑑賞し、各自で映画についての感想や、我々のビジネスにおいて金次郎の思想や実践がどのようにできるか援用できるかなどを共有した後、国史啓蒙家・古典文学研究者として活動されるほか、「倭塾」という私塾の運営やYouTubeの解説動画などを発信されている小名木善行先生にお越しいただき、「二宮金次郎に学ぶ日本人の在り方」(文末に動画へのリンクあり)という演題でご講演をいただきました。

本記事では、二宮金次郎の思想や映画の感想についての一部を紹介しながら、金次郎と当社の理念である5バリューの関連性についてまとめていきます。小名記先生のお話や、勉強会についてのリポートは2022年に制作された開催報告リポートPDFへのリンクもありますので、アーカイブ動画と合わせて参照していただければ幸いです。

二宮金次郎 / 尊徳について

二宮金次郎(二宮尊徳)といえば、弟子である富岡高慶による『報徳記』(1883)の「採薪の往返にも大学の書を懐にして途中読みながら之を誦し少しも怠らず」という記述を参考に書かれた幸田露伴の『二宮尊徳翁』(1891)の挿絵として、薪を背負って本(四書のひとつ『大学』)を読む姿が描かれました。その挿絵を模した銅像が、今日における二宮金次郎の共通イメージとして長らく定着しています(近年では、歩きスマホを連想させるので座った姿の金次郎像もあるそうです)。

金次郎の銅像は勤勉や倹約などの象徴である一方、農村復興への尽力、西郷隆盛と同様に天理を重視する自然観、徳を持って特に報いる「報徳思想」など、成人後の名前である二宮尊徳としての活動や農政家・思想家としての側面は、金次郎少年のイメージや知名度に比べると現在ではマイナーなものになっているようにも思えます。


福島県大熊町の旧大野小学校跡地に立つ二宮金次郎像 ( 画像出典:PAKUTASO )



幼少期の生い立ちや勤勉・勤労に関するエピソードなどは、小名木先生のお話のなかでも詳しく紹介されているので、ここでは内村鑑三の『代表的日本人』( Representive Men of Japan, 1908 )を参照しながら、二宮尊徳の人物像や思想を見ていきます。

『代表的日本人』の原著は日清戦争中に英語で書かれ、クリスチャンである日本人(内村鑑三)が海外に日本の伝統的な思考や、内村の考える代表的な日本人を紹介するといった内容で、外国人(ラフカディオ・ハーン)が神道を主軸にした日本の宗教観を研究し海外読者に向けて書いた『神国日本 解明への一試論』(JAPAN: An Attempt at Interpretation, 1904))に通ずるものがあり、『代表的日本人』では二宮尊徳のほか、西郷隆盛、上杉鷹山、中江藤樹、日蓮上人が取り上げられます。

内村が尊徳を「農民聖者」と称すように、尊徳の人物像の根幹を成すのは農業であり、少年期の菜の花の栽培(灯り代わりの菜種油を自分で製作して日没後の読書に勤しむほか、油を売って家計を補う)、休みを返上して使われない土地を開墾に勤しみ米を収穫するといった経験、独立後の精力的な活動について、内村は次のように記します。


「自然」は、正直に努める者の味方であることを学びました。尊徳の、その後の改革に対する考えはすべて、「自然」は、その法にしたがう者には豊かに報いる、簡単なことわりに基づいていたのであります。(……)尊徳が、忍耐と信念と勤勉とにより、混乱を整え、荒地を沃地に変えようとする試みを妨げるものはなにもありませんでした。山の斜面、川岸、道端、沼地などの不毛な土地はことごとく、尊徳には富と生活の糧を与えるものとなりました。何年もたたないうちに、尊徳はかなりの資産を所有するようになり、近所の人々すべてから、規範的な倹約家、勤勉家として仰がれる人物になりました。尊徳は、なにごとも自力で克服しました。また、他人が自力で克服する手助けは、常にいとわず致しました。

(75頁)




近代以前における日本の伝統では自然(汎神論的な、世界を成すもの)が重要な意味を持っており、人間が支配・所有可能という近代・西洋的な価値観とは異なる観点、内村の引用に絡めれば、自然が徳を有しており、その徳を活用する(報いる)ために誠実あるいは正直であれという意識が尊徳の「報徳思想」の根底にあります。

また、尊徳は自然の摂理を「天道」(あるいは「天理」、無作為な出来事)、人間社会の道理や倫理、工夫などを「人道」(作為・倫理)と捉え、「人道を尽くして天道に任す」「天道と人道の調和」といった教えや、、天の恵み(徳)を認識し、それに報いるために利他や努力といった人道を尽くすことを報徳の精神と説いています。

「敬天愛人」を座右の銘にしたことで知られ、天の法(あるいは天理)を行動基準にしていた西郷隆盛は尊徳に通ずる部分が多く、西郷の遺訓集『西郷南洲翁』(1890)に収録の「正財」から内村が引用した文章には尊徳を想起させるような部分が多くあります。


世人は言う。「取れば富み、与えれば失う」と。なんという間違いか!  農業にたとえよう。けちな農夫は種を惜しんで蒔き、座して秋の収穫を待つ。もたらされるのは餓死のみである。良い農夫は良い種を蒔き、全力を尽くして育てる。穀物は百倍の実りをもたらし、農夫の収穫はあり余る。ただ集めることを図るものは、収穫することを知るだけで、植え育てることを知らない。賢者は植え育てることに精を出すので、収穫は求めなくても訪れる。

(『代表的日本人』, 43頁)

徳に励む者には、財は求めなくても生じる。したがって、世の人が損と呼ぶものは損ではなく、徳と呼ぶものは徳ではない。いにしえの聖人は、民を恵み、与えることを徳と見て、民から取ることを損と見た。今は、まるで反対だ。

(同前, 43頁)



加えて、私生活における欲のなさや、質素かつ倹約的な姿勢を貫くという態度も両者に共通しており、尊徳に報徳思想における「分度」(身の丈をわきまえ、慎ましい生活を送ること)を実践しているという印象が、両者に関する内村の記述から窺えます。


尊徳の「土地と人心の荒廃との闘い」については、ここでは詳しく記しません。そこには権謀術策はありませんでした。あるのは、ただ魂のみ至誠であれば、よく天地も動かす、との信念だけでした。ぜいたくな食事はさけ、木綿以外は身につけず、人の家では食事をとりませんでした。1日の睡眠はわずか2時間のみ、畑には部下のだれよりも早く出て、最後まで残り、村人に望んだ過酷な運命を、自らも共に耐え忍んだのでした。」

(79-80頁)

西郷ほど生活上の欲望のなかった人は、他にいないように思われます。日本の陸軍大将、近衛都督、閣僚のなかでの最有力者でありながら、西郷の外見は、ごく普通の兵士と変わりませんでした。西郷の月収が数百円であったころ、必要とする分は15円で足り、残りは困っている友人ならだれにでも与えられました。(……)普段着は薩摩がすりで、幅広の木綿帯、足には大きな下駄を履くだけでした。この身なりのままで西郷は、宮中の晩餐会であれ、どこへでも常に現れました。

(33頁)



尊徳の「報徳思想」と関連概念

二宮尊徳は、神道・仏教・儒教の学びと農業の実践から、報徳思想や報徳仕法や「万象具徳」(あらゆるものに徳があるという考え)、「積小為大」(小さな積み重ねが大きな発展や収穫の結びつく)、「一円融合」(すべてのものは相互に働き合い、一体となって結果が生じる)といった概念を提唱しました。

報徳思想と並び尊徳の思想の核である「報徳仕法」は、文政年間以降に尊徳が財政再建策の総称で、後述する報徳思想の4概念のうち2つ、「分度」と「推譲」が基本概念に据えられます。報徳仕法では、領主財政、村、家という3種の領域における「分度」「推譲」が検討されます。また、現代では地方・地域創生や持続可能社会/SDGsの文脈でも報徳仕法が参照されることがあるそうです。

また、現代では地方・地域創生や持続可能社会/SDGsの文脈でも報徳仕法が参照されることがあります。 内村は尊徳が徳・道徳を重要視してきたことや、非西洋あるいは前近代的な非功利主義的な姿勢を取り上げています。これは、近代化=西洋化以前の日本の伝統が尊徳の教えの中に含まれており、それが「代表的の日本人」の一人として、尊徳が紹介される理由とも考えられます。


わが実り豊かな日本は、神代に開かれたのです。当時はみな荒地でした。外からいかなる援助もなく、自分自身の努力により、土地そのものの持つ資源を利用して、今日見られるような田畑、庭、道路、町村が成ったのです。仁愛、勤勉、自助 こられの徳を徹底して履行してこそ、村に希望が見られるのです。

(78頁)

道徳力を経済改革の要素として重視する、そのような村の政権案が、これまでに提出されたことは、まずありえません。これは「信仰」の経済的な応用でありました。この人間にはピューリタンの血が少しあったのです。むしろ舶来の「最大多数の最大幸福の思想」(引用者註: ベンサムの提唱した「功利主義」)に、まだ侵されていない真の日本人があったといえます。

(78-79頁)



徳(道徳)は尊徳の思想哲学のキーワードであり、五徳(仁・儀・礼・智・信)を説いた儒教からの影響が色濃くある一方、農業を基盤とした自然観は神道由来のアニミズム(自然崇拝)、節制的な態度や農村復興に尽力するという部分は大乗仏教的な利他精神が反映され、尊徳の弟子である福住正兄が師の言行をまとめた『二宮翁夜話』(1884-87)には「神道は開国の道、儒教は治国の道、仏教は治心の道である」という一文も収められています。

「徳をもって徳に報いる」(万物には良い点/徳があり、それを活用する/報いる)という、尊徳の実践哲学である報徳思想は主に4つの概念からなります。

「至誠」
まごころ、尊徳の考えや生き方の中心であり、儒教における「徳」や「仁」に近い概念。心持ちを誠・徳・仁の状態に置く(至る)ことが、実践の第一となる。

「勤労」
至誠の状態で日常生活の選択を行う。至誠は心の状態で、勤労は行動になって表れた状態。

「分度」
身の丈をわきまえ、慎ましい生活を送ること。勤労における行動は誠の状態から行われ、消費活動にもそれが作用する。至誠に基づく勤労によって、自然と消費する範囲に留められる。幸田露伴が『努力論』(1912)の中で説いた「幸福三説」のひとつ「惜福」にも近い。

「推譲」
分度して余った余剰を将来に向けた財の貯蓄(「自譲」)や、他人や社会のために譲ること(「他譲」)こと。至誠・勤労・分度の結果として残ったものを譲ることで、水譲となる。「幸福三説」の残り2つ「分福」と「植福」や、「贈与」「利他」とも近い概念。



報徳思想・報徳仕法が提唱された当時は、農村復興のための「協同一致」や「経済と道徳との調和」の考え方でしたが、後に渋沢栄一、松下幸之助、稲盛和夫らに経営哲学として影響を与え、近年では災害ボランティアの実践や、サスティナビリティやSDGsにおいても参照されています。

研修では、ウェルスマネジメントや5バリューと報徳思想の近似性などについての感想も多く見られており、報徳思想を学び、現代や自分たちの文脈に結び付けて再解釈することの有用性を感じさせられます。

参考記事

二宮金次郎はなぜ、崇敬される象徴になったのか」(菅野 武, 2012年2月4日, 日経ビジネス)

人生やビジネスに活かす学びの時間の過ごす【大日本報徳社】」(しずおか!ぷらっと散歩, 2022年6月17日)

『映画「二宮金次郎」』の感想抜粋

次に『映画「二宮金次郎」』を鑑賞しての感想から、一部を抜粋して再掲します。報徳思想や関連概念といった尊徳の教えを現代的に解釈した例としてご参照いただけると幸いです。



報徳思想は日本的な考えと思いがちであるが、弊社の多くの社員の出身会社であるメリルリンチも5 Principles(Client Focus, Integrity, Respect for the Individual, Responsible Citizenship, Teamwork)を創業時から掲げ、現場のファイナンシャルアドバイザー(FA)からたたき上げた歴代の会長が率先して実践していた。資本主義の中核の米国、それもその中心であるウォール街の証券会社がそのような理念を掲げたことは不思議に思われるかもしれないが、メリルリンチ創業者の息子であり、長らくメリルリンチ・インターナショナル会長を務めたWin Smith Jr.氏は、その理念こそがウォール街の小さな証券会社を50年後には世界的な金融機関に発展させた原動力であったと語っている。我々も数々の機会を通じて、米国メリルリンチのトップFAの方々とお会いしたが、5 Principlesの具現者である彼らの立ち振る舞いは謙虚で思慮深く、まさに報徳思想(至誠、勤労、分度、推譲、一円融合)を彷彿させるものであり、彼らの深い精神性に感銘したことが昨日のように思い出される。

二宮尊徳は「積小為大」という言葉を残している。これは「大きな事を成し遂げよう思うなら、小さい事をおろそかにしてはいけない」という意味であり、理念は語るだけでなく、日々の実践があってこそ成るということを教えている。弊社の5バリューはメリルリンチの5 Principlesを基としているが、ただ語るだけでなく、社員全員が日々少しでも実践を続けていくことが大事であると自戒している。社員の間で発表し合い、どのように実践しているのかを定期的に共有し合う機会を社内で設けている。

まさに5バリューを「積小為大」をもって実践を続け、高い精神性を通じて顧客から大きな信頼を得ていた米国メリルリンチのFAと同じ集団となっていくことが、弊社の存在意義だと強く感じている。

山村 浩之 (副社長 兼 ヘッド・オブ・東京オフィス)



静岡県掛川市に大日本報徳社がある。私は訪れたことはないが、二宮金次郎から薫陶を受けた岡田佐平治という方が故郷に創設したとのことである。

二宮金次郎が唱えた理念は、至誠、勤労、分度、推讓などの言葉に表現され、その後の我が国の道徳にも多大な影響を与えたと言われている。

 二宮金次郎の唱えた報徳は時代を超えて、また広がりを持って国内の様々な地域で受け継がれてきた。いわば時空を超えて尊重されている教えであり、周囲の人々が推讓を実践した結果であろうとも思う。

私たちが理念に掲げる5バリューも、メリルリンチがコーポレート・バリューとして唱え、海を越えて、メリルリンチ日本証券を通して私たちに伝えられたものである。

私たちは5バリューを心から共感するものとして位置づけるが、それをただ共感するだけではなく、5バリューに普遍性と永遠性を付与する、すなわち現在において広がりを持たせる、次世代につなげていくことが何より重要なものと思料する。

岡田佐平治が大日本報徳社の創設により故郷である掛川に金次郎の「報徳」を永く伝えようとしたように、私たちは5バリューアセット株式会社を背負い、お客さまへご満足を提供するとともに、広く、永く5バリューの考えを広めていく使命を帯びているのだと思う。

(青野純一郎 社長室長)



金次郎は物事をよく観察し、認識し、的確なソリューションを実行した。この繰り返しが知恵を磨き「勤労」のレベルをさらに向上させていったが、その基礎となる知識、見識は彼の不断の読書習慣が大きく寄与していると考える。必要な時に最適な判断をするためには、あらかじめ広範囲な知識を蓄積しておく必要があるが、そのために我々は読書の重要性を再認識する必要がある。ちなみに、アマゾンの電子書籍を読む為のアプリケーション「Kindle」のアイコンマークは「木の下で本を読む少年」で、金次郎の銅像(薪を背負って本を読む姿)と重なり、ビジネスマンにとって読書の重要性は世界共通の認識だろう。

先進国は高度経済成長やバブル崩壊を経験し、また最近でいえば大国が軍事力を駆使して強く現状変更を図るなど、急激な価値観の変化に見舞われている。それによって使い捨て文化、暖衣飽食、格差社会と大きなエゴイズムを生み、自分だけが良ければよいという風潮が生じて、社会病理現象の温床となってしまった。

金次郎の報徳思想にはこれを再生するために必要な要素があると考えるが、「道徳を伴わない経済は罪悪である。」を考えたとき、ある意味ゼロサム・ゲームの中で他から奪い取ることを勝利とも考える我が業が今後如何にあるべきかは、悩み多い課題である。

(合田 潔 チーフ・コンプライアンス・オフィサー)

研修関連資料




鈴木 真吾

鈴木 真吾

2023年3月よりインハウスクリエイターとして写真・映像撮影および編集、グラフィックデザイン、DTPなどを担当。専攻は文化社会学、表象文化論等。

ご案内

5バリュースクウェアは、5バリューアセット株式会社(5VA)によるコラムを掲載するサイトです。資産運用や資産形成、経済全般などにご興味がある方に向けて情報発信をしております。

気軽に相談ができる場として、無料個別相談を設けておりますので、以下より詳細をご確認ください。