
煽情的なタイトルに加え、「『金融庁は我々を壊滅させようとしている』」「野村証券は生き残れるのか」という帯タタキが興味を惹く本書は、ネット証券の勃興や日本におけるIFA(Independent Financial Advisor / 独立系ファイナンシャルアドバイザー)ビジネスの展開や米国との比較、伝統的な日本型証券ビジネスの筆頭格ともいうべき野村證券が旧来型・日本型のビジネス・スタイルの転換を迫られる過程などが取り上げられます。
本書の刊行は2022年のため、取り上げられる事例(特に国内のIFAビジネス関連)は現在の業界分布図とは異なる点が多いことに留意する必要がありますが、IFAビジネスが日本で広まる過程を追いたい方、業界に関心のある方、あるいはIFAという職業について改めて学び直したいという業界の方にも適した内容です。
本サイトではこれまでにも、清水大吾さんの『資本主義の中心で、資本主義を変える』( ニューズピックス, 2023)や田内学さんの『きみのお金は誰のため』(東洋経済新報社, 2023) など、金融について考える書籍を取り上げてきました。清水さんと田内さんはゴールドマン・サックスでの勤務経歴があり、いわば業界の内部の視点を持って議論を展開されています。一方、本書『証券会社がなくなる日 IFAが「株式投資」を変える』(講談社, 2020)の著者である浪川 攻さんは経済ジャーナリストとして活動されており、金融専門誌、証券業界誌を経験した後、『週刊金融財政事情』編集部のデスクを1987年から1996年まで担当され、1998年に東洋経済新聞社と記者契約を結び、2016年からフリーとして活動されており、いわば外部の視点で業界の変遷をまとめられています。
清水さん・田内さんの著作と異なる点としては、ネット証券の勃興からIFAビジネスの拡大・定着に至るまでの時事系列が網羅的にまとめられているほか、国内IFAの先駆けとして知られる「GAIA」(2006年設立)の中桐啓貴さん、高頻度に独自性のあるセミナーを開催することで知られ、コロナ禍ではwebセミナーを通じて若い層や地方の顧客を開拓してきた「ファイナンシャルスタンダード」の福田 猛さん、野村ホールディングスを退社しIFA法人「Japan Asset Management」を2018年に立ち上げられた堀江智生さんなどIFA法人の代表への取材に基づく各社の取り組みが紹介されるなど、ジャーナリストという浪川さんの立ち位置やスキルが如実に表れています。
旧来型ビジネスからの脱却
序章では、押し寄せるデジタライゼーションやフィンテックの波を受け、旧来型のビジネス・モデルからの大規模な転換を迫られる証券業界における変化として、まずはIFAが取り上げられます。
冒頭で登場するのは、自分たちで新たな証券ビジネスのプラットフォームを作り、ビジネスの根幹を変えるという目標を掲げ、優秀な実績を上げながらも野村証券を退職、その後「アドバイザーナビ」を設立して、転職支援サービス「IFA転職」を2020年3月に開始された平 行秀さん、松岡隼士さんのお二人です。
お二人は「私たちの職場では、なぜ、顧客が担当者を選べばないのか」、「なぜ、私たちは職場で自分たちの転勤、キヤリア、実績数字の話ししかしないのか」、「顧客が主語となるような会話はまったくなかった」と、野村証券時代を振り返ります。浪川さんはそこに金融ビジネスの病巣が現れているとしたうえで、金融庁が「フィデューシャリー・デューティー(受託者責任)」・「顧客本位の業務」を打ち出しながらも、「証券会社が顧客を選び、顧客に何を買わせるのか」「顧客をどう誘導し投資させるのか」という発想に証券ビジネスが固執している現状を問題視されます。
本書では、来型の証券ビジネスに根強く残る問題・限界点などが取り上げられ、序章では現在的状況や、証券リテール営業の新しい担い手と期待されるIFAについて、第1章では大規模な転換を迫られていた2019年の変化ついて言及されます。
第2章では改革を進め続ける米国証券業界についての解説が主となり、米国でのIFAビジネスや、最大手であるチャールズ・シュワブのビジネス構造や、メリルリンチ出身でモルガン・スタンレーのCEO(当時は共同社長)ジェームス・ゴーマンが先導したスミス・バーニーの買収とそれに伴うウエルス・マネジメント戦略の展開など、弊社のビジネスとの関連性の高いトピックが紹介されます。米国流のウエルス・マネジメントやゴールベースアプローチについて深く知りたいという方は、ぜひ第2章ご参照ください。
第3章からは再び国内の事例が取り上げられます。IFA法人への取材が中心となる第3章、変化と対峙する野村證券にフォーカスした第4章、国内IFAビジネスの近状や事例分析を扱う終章からなる構成となっています。特に注目したい部分は、1章で言及される転換点としての2019年です。同年は野村証券の一連の不祥事、秋に発表されたチャールズ・シュワブの販売手数料無料化を皮切りに、au株証券、SBI証券などの大手ネット証券が手数料撤廃/無料化を打ち出し、新たな仲介業が導入されるなどの出来事があり、特に旧来型のビジネス・モデルに頼ってきた会社がデジタライゼーションやフィンテックの波に乗り遅れていたなどの点が指摘されます。
ノルマ主義、会社の利益拡大、顧客のニーズを画一的なもとみなすマスプロダクション的な戦略など、旧来型の国内証券会社を特徴づけるスタイルは顧客が商品や市場などの情報にアクセスするのが難しいという格差構造を背景に成立するものでした。しかし、ネットの普及に伴う情報格差の是正、ネット証券や仲介業者というリテールに強みを持つ新興勢力の登場に既存の証券会社はどう対峙していくかという問題も本書のテーマのひとつとなっています。
本書で扱われる内容は、ネット証券やIFAという新しい波と、野村証券を筆頭とした老舗の証券会社の双方を戦略や実践などが中心であり、ゴールドマン・サックス在籍時から政策保有株式の解消やEGS(Environment Social Governance )意識した企業統治(コーポレート・ガバナンス)や経営のあり方を啓発するなど、ポイントやテーマを絞った活動を展開してきた清水さんの著作とは異なり、マクロかつダイナミックな変化を追うことができるので、どちらも合わせて読まれることを薦めます。
IFA法人である弊社のビジネスに関連する部分でもありますが、特に序章、第3章、終章は興味関心を惹かれ、IFAの日米比較(本書では和製IFAと米国のRIDやIBDが区別されます)なども詳細が記されており、IFAについての解説資料としても活用できると思いますので、本記事ではIFAに関する箇所を中心にまとめていきます。
改めてIFAについて学ぶ
IFAは、特定の証券会社には属さず、個々の考えに基づいて顧客へのアドバイスを行い、提携証券会社からの委託手数料を得る職業で、中立的な立場で顧客と向き合うことが特徴といえます。

出所: 5バリューアセット株式会社HPより
国内では組織のあり方に疑問を呈した営業社員がIFAに転職するという流れが強まっており、ネット証券はIFA向けの説明会を対面やオンラインで精力的に開催しており、浪川さんは取材で同席するたびに熱気の高まりを感じていたと書かれています。
米国のIFAには2つパターンがあり、「登録投資顧問業者となって、サービスの対価として顧客から預かり資産残高連動のフィー(報酬)を得る」(81頁)RIA(Registered Investment Adviser)と「投資アドバイスを提供しながら、株式、投信などの売買を顧客に代わって証券会社に発注する」(82頁)IBD(Independent Broker-Dealers)に分けられます。
IBDは販売・売買の手数料が主な収入源で、収益を拡大させるためには短期的かつ頻繁な売買を顧客に求める必要がある一方、RIAは顧客が預け入れた資産残高に連動した報酬形態であり、顧客の資産増加に伴ってアドバイザーも収入も増加するので長期目線に則した運用提案に長けています。
米国のIFAに関する解説で浪川さんが取り上げるのは、「”Through Clients’ Eyes” Strategy (顧客の目線に立脚した経営戦略)」を経営理念に掲げ、2019年秋には国内での手数料無料化の口火をきったチャールズ・シュワブで、同社のIFAプラットフォーム(顧客資産の保管・管理)はRIAと協働関係にあります。また、国内ではIBD / IRAという厳密な区分はありませんが、IBD的なスタイルからRIAに転身するパターン、大手証券会社の社員FAがRIAとして独立するパターンなどが多く、国内IFAの構成層はRIAが中心となっているそうです。
国内におけるIFAの展開
2003年の証券取引法改正で「金融商品仲介業(当時は証券仲介業)」が導入され、2020年には「一般社団法人ファイナンシャル・アドバイザー協会」(2024年より「一般社団法人 日本金融商品仲介業協会」に名称変更)が設立されるなど、17年の間にIFAの認知度が国内でも高まりを見せてきました。
平さん、松岡さんらによる「アドバイザーナビ」の立ち上げは2020年3月で、コロナ禍が本格化する直前のことでした。4月7日に緊急事態宣言が発せられ証券業界でも在宅勤務が広まりましたが転職希望者の面談は増え続け、松岡さんは在宅勤務で自分の将来について考える時間が生まれ、ネットでIFAについて調べるようなったことも影響しているのではないかと指摘します。
また、浪川さんは「証券営業は数字がすべて」と言われてきた証券業界の文化では個人プレーが中心であり、さらに社員と企業を結ぶ関係性/執着性(エンゲージメント)が希薄であることに起因して、在宅勤務で会社と社員の間に生じた距離感が独立への意識を高めたと分析します(214-215頁)が、ノルマの達成や企業利益の促進ではなく、顧客に主眼を置いた業務形態を特長とするIFAが増加したことで国内の金融業の悪習慣が是正された、ということはなく、既存の会社との差異化が図れないことや、IFAの長所を活かせていないことが批判されます。
IFAが増えてきたとはいえ、世の中の認知度が高まったとは到底言い切れない。評価が定まったわけでもない。むしろ、その厚みが増すにつれて、既存の証券業のコピーとしかいいようがない、カビ臭い商法も垣間見られるようになってきている。米国のIFA(RIA、IBD)のように「新たな証券業界の旗手」として期待される一方、単なる既存勢力のコピーにすぎなければ、リテール証券業の新境地を切り開く集団とはいえないのではないかという疑問符も投げかけられていた。(……)これは個々のIFA法人が「経営理念は何か」と強く問われていることと同義である。 (129頁)
第3章の後半では、著名なIFA法人への取材を基に、各社の経営理念などが詳しく紹介されます。取材の中で印象深いのは、特定少数の顧客に依存する回転売買はやりたくないというものや、手数料ビジネスに限界を感じている、セミナーを企画して参加者を顧客化する戦略をとるといったものもありますが、各社に共通する姿勢は顧客重視、顧客に選ばれるというようなもので、「顧客が主語になる」という旧来型のビジネスを変えていくという意思を強く感じさせられました。
プラットフォーマーの問題
IFAの展開において重要になるのが、顧客の資産管理や支援サービスなどを提供する「プラットフォーム」と呼ばれる一部の証券会社であり、本書ではSBI証券と楽天証券がその代表格として取り上げられます。2社のいずれもネット専業証券の最大手であり、浪川さんは「エコノミー・オブ・スケール」(規模の経済)と「エコノミー・オブ・スコープ」(多角化の経済)の観点で、大手2社と他のネット証券を比較します。
デイトレーダーや個人層を主要な顧客層として据えるネット証券各社はシステム構築や手数料の引き下げで競い合っていましたが、SBIと楽天の2社はIFAプラットフォーマービジネスを構築し、多角的なビジネス・モデルを展開してきました。一方、主要ネット証券の残り3社(マネックス、松井、auカブコム)は大手2社に大きく引き離されてしまいました。
本書が刊行された2022年の段階では、SBIと楽天の2社がIFAプラットフォーマービジネスの中心であり、営業スタイルや経営理念もかなり異なるIFA法人がおしなべて2社と結びついている点が問題視されています。
米国のRIAを目指すようなIFA法人を擁しているかと思えば、わが国の伝統的な証券営業である歩合外務員モデルと何ら変わらない、荒っぽい短期売買をすすめる営業スタイルのIFA法人とも連携している。つまり、プラットフォーマー自体も玉石混交であり、そこにはプラットフォーマーとしての明確な経営理念や矜持は見えてこない(223-224頁)
経営理念とコーポレート・ガバナンス
転職支援サイトの開設、協会設立といった地盤が整い、じょじょに拡大を見せるIFAビジネスではありますが、各IFA法人の価値観や投資・運用アドバイスについての情報が不足気味で、IFA法人を選ぶ際の決め手に欠けるということが指摘されます。
効果的な結果が観測されるにはまだ時間を要するとは思いますが、プラットフォーマーも含めたIFAモデルが旧来型の証券ビジネスを改革する契機となるためには既存の証券会社モデルとの差別化が必要とされ、経営理念を明確化してそれを追求するという土壌も求められます。
長期的な視野に立ってのビジネス・モデルを基盤にコーポレート・ガバナンスの構築が重要になるということを考えると、経営理念の中にサステナビリティやESGの観点を織り込むもでてくるかもしれません(この辺りについては清水さんの著作をご参照ください)。とはいえ収益安定のためには短期販売をメインビジネスにするIFA法人のほうが、プラットフォーマーに対しての貢献度が高くなり、結果として理念の明確化に至らず、既存の証券リテールビジネスの焼き直しになる可能性も危惧されています。
本書が執筆された時点でのパワーバランスは、前述のようにSBIと楽天の二強体制ですが、浪川さんは他のネット証券が躍進する可能性や、対面型のトップである野村證券がネットビジネスに本格参入し、(経営理念に基づいた)IFAプラットフォーマービジネスを構築し、旧来型とは異なるスタイルを打ち出すことができれば、ゲームチェンジャーになりうる可能性や、新たな競争が始まる可能性を指摘されます。

証券会社はなくなるのか
タイトルのインパクトの強さが先行しがちですが、証券会社がなくなることは今後もないでしょう。ですが、旧来型のビジネスに立脚した手数料で稼ぐというモデルや、「株屋」と揶揄されるようなイメージ、ドブ板営業などは、(アッパーマス層向けのリテールに限れば)そう遠くないうちに、姿を変える形で消滅するかもしれません。
急激な変化を推進するのはデジタライゼーションやフィンテック、情報格差の解消、そして急速にシェアを伸ばすネット証券の台頭であり、新NISAによってネット証券の強みが一段と増したような印象があります。
本書では、変化に対応しなければ衰退に一歩を辿る野村証券を筆頭にした旧来型の勢力と、旧来型のモデルに異を唱える新興勢力の対比が軸に据えられています。さらに、金融庁(証券会社への言及が僅かに留まり、それが業界に波紋を広げた2019年の「金融行政の基本方針」など)によって、旧来型は板挟みになっていました。
浪川さんは基本的に旧来型の商習慣やスタイルには批判的な立場ではありますが、板挟みになっている現状に同情的な側面もある、というような印象を本書の端々に見出せます。また、4章を割いた野村証券については、伝統的なスタイルの執着してきたことや、変化を忌避してチャレンジ精神を欠いてしまったことで、平さんや松岡さんのような挑戦心と実績を併せ持つ若手の流出を促していることへの批判と、変化の兆しに対する期待が併存しています。
伝統的な証券モデルの破壊が必要である。つまり、証券会社が迫られているのは、自らクリエイティブ・デストロイヤー(創造的破壊者)なれるかどうかの選択だ。それによって、時代に即し、次の時代を走り抜ける証券ビジネスの担い手は決まるに違いない。/それを先行していち早く取りに行く姿こそ、野村には相応しい。 (210頁)
伝統的なスタイルから脱却した次の時代は、ネット証券やIFAが中心になる……という単純な構図にはならず、4章後半や5章以外でも幾度か言及されるように、旧来型と同様の利益相反モデルを繰り返している事例も多く見られます。旧来のスタイルから脱却した側が、ネット証券に比肩するデジタルトランスフォーメーション(DX)を備え、チャネルを拡大した対面型証券会社(現在の「証券会社」ではないもの)がネット証券の占有領域を奪還していくといった未来像もあるかもしれない、という感想を抱きました。
本書は変化の兆しのある未来に期待しつつも、まだまだ課題や問題の多い現在的状況を手厳しく炙り出すので、現状分析と提言を中心とした清水さんの『資本主義の中心で、資本主義を変える』に比べると、こと業界関係者にとっては辛辣な内容に感じると思います。
とはいえ、経営理念の明確化やコーポレート・ガバナンスの構築を通じて、顧客に選ばれる・信頼される会社で〈あり続ける〉ことが、ビジネス・モデルが転換する渦中にある現在では何より重要であり、顧客自身も業界や会社に対する盤石なリテラシーを持って証券会社やIFA法人を厳格に見極めることが肝要なっていくでしょう。そういう点では、投資・運用を行っている方にも有益な1冊になるでしょう。