ホーム > 経営・哲学 > 福沢諭吉の10の言葉 (1/2)

経営・哲学

福沢諭吉の10の言葉 (1/2)

福沢諭吉の10の言葉 (1/2)

5バリューアセット株式会社は、日本のIFA(金融商品仲介事業者)を変えたいとの理想の下に、代表斉藤彰一が立ち上げた企業です。 

当社ではお客様と社会に役立つ存在を目指し、経営哲学・理念の共有や、精神性の修養に努めるべく、外部講師をお招きしての社内勉強会を定期的に催しております。 

以下では、当社が開催した社内勉強会についてご紹介させて頂きます。 

京都大学大学院 工学研究科 准教授 川端雄一郎先生をお招きし、2023年10月20日に東海東京証券日本橋オフィスにて第3回オフサイトセミナーを開催しました。 

今回の題目は「福沢諭吉の10の言葉 日本近代化の父から何を学ぶか」。近代の終わり際ともいわれる昨今において、日本の近代化/西洋化を推進してきた思想家・教育者である福沢諭吉の思想を改めて振り返るといった内容の講演を行って頂きました。 

福沢諭吉について

福沢諭吉(1835-1901)といえば、一万円札の肖像の人(2024年からは「旧一万円札の人」)とう認識が一番強いかと思います。次いで、慶應義塾の創始者として語られることが多いほか、福沢に言及する折には代表作『学問のすゝめ』(初版1872年)の冒頭部「天は人の上に人を造らず人の下に人を造らず」が引用されることも多くありますが、この有名な一節は「と言えり(言われている)」とあるように、厳密には福沢の言葉ではありません。平等を謳う部分はアメリカ独立宣言からの引用(“Allmen are created equal”)と言われています。 

その後の文章では「(……) 人は生まれながらにして貴賤・貧富の別なし。ただ学問を勤めて物事をよく知る者は貴人となり富人となり、無学なる者は貧人となり下人となるなり。」と、学びの有無によって格差が生じる(平等ではない)当時の日本の状況に触れ、近代/明治という新しい時代における学問の重要性を説きます。 

福沢の指す学問は専門・教養的な文学(漢字や古語を読解し、和歌を詠み、詩を書くなど) ではなく、いろは47文字の読解、手紙の書き方、計算、帳簿の付け方などの「人間普通日用に近き実学」であり、主に商人に求められる実学的なスキルが含まれています。それに加えて、地理学、究理学、歴史、経済学、修身学 (Moral Science)も修めるべきものとしてあげられていますが、それらは経験や実証に基づくものであり、専門・教養的な学問とは対極のものであるといえます。 

大分の下級藩士の家に生まれ儒学者を父に持つ福沢は、儒学よりも蘭学/洋学を好んで学び(『論語』を重視した渋沢栄一と正反対)、攘夷派を厳しく批判し、渡米や外交の経験から培った先進的な視野を持ち、西洋の技術・思想の導入や外交を重視するリベラルな気質の人物です。その一方で、帝国主義という時代背景の必然として生じたであろう国粋主義的な側面や、白人を至上に置いた人種主義者(『掌中万国一覧』における記述)としての意識ものぞかせます。 

とはいえ、福沢は前近代的かつ封建的な価値観や文化が支配的だった江戸時代を、西洋・近代的な明治時代への転換に注力し、「独立自尊」を是とて学ぶことの重要性を説き続けた啓蒙思想家かつ教育者であることに異論を挟む方はいないでしょう。 

なぜ今、福沢諭吉に学ぶのか?

講演の冒頭では、まず福沢諭吉を取り上げる背景が紹介されます。来歴で触れたように、福沢は日本の近代化の父であり、前近代(江戸)と近代初期の日本を、西洋と対比しながら論じ分析した人物です。 

近代という区分・定義は専門分野によって異なりますが、今回の講演では、産業革命と市民革命(民主主義)に象徴されるように、旧弊や迷信にとらわれず合理性を重んじ、個人の権利の尊重、人治・徳治よりも透明性の高い法治を重視するリベラルな時代と定義されます。 

2010年以降の時代では、近代を特徴づけるリベラルな理念や文化にほころびが生じ始めており(川端先生の言葉では「近代の『出口』に到達しつつある」)、今日の状況からその 出発点ともいうべき福沢の思想を振り返ることで、福沢が日本の近代化に必要だと説いた気風や構え、習慣や文化などをより明確に理解できる可能性があるためと川端先生は述べます。 

福沢の著作はある意味では(近代初期の)日本人論という側面もあり、現代と福沢の時代を比較し、良くも悪くも変わったもの/変わらなかったものを発見するためのツールともいえるでしょう。また、教育者でもある福沢の教えをどう受け取るか、日々の実践や思考にどう活用するかということも福沢の思想を振り返るうえで重要な実践であり、それこそが古典に触れる意義といえましょう。 

『学問のすゝめ』は橋本治が述べるようにイントロダクション的な啓蒙の書であり、より深く福沢の思想や、その背景に触れていくとすれば、川端先生もお話の中で触れている『文明論之概略』(1875)、『福翁自伝』(1899)も合わせて読まれることを強く勧めます。
 

うっかりすると誤解されてしまいますが、『学問のすゝめ』は「ただ学問をすすめている本」で、「これ一冊であなたに必要な学問のあらましが分かる本」で はありません。近代になったばかりの日本に登場した『学問のすゝめ』は。「近代に向かう日本人が学問をするための前提」を説いた本で「これからの日本はこうなるから、こういうことを知っておけば大丈夫」というようなことを語る、ノウハウ本ではないのです。 (橋本治『福沢諭吉の『学問のすゝめ』, 幻冬舎, 2016, 201頁)


近代の出口とほころび

川端先生は近代の終わりの例として、トランプ氏が勝利した2016年のアメリカ大統領選挙に関する『ニューヨークタイムズ』の分析を取り上げます。同紙の分析は当該グループの過半数がヒラリーとトランプのどちらに投票したかを州毎にまとめたものです。

両者の政治的立ち位置をわかりやすく整理するならば、ヒラリー(民主党)は合理的かつリベラルな立場で、トランプ(共和党)は非合理的・封建的かつ父権的/保守的立場であり、「男らしい」ワイルドなイメージを絡めたリーダーシップを強調する戦略は、第40代大統領ロナルド・レーガン(任期: 1981年1月20日~1989年1月20日)と重なる部分が多くあります。

 主にリベラルやインテリ層の中ではヒラリーが優勢と考えられていましたが、トランプの当選によって「なぜトランプ大統領が誕生したのか」という点を考える潮流が生じ、『ニューヨークタイムズ』紙の分析もその文脈に属していると、川端先生は述べます。

調査結果は

・トランプ支持層: 白人労働者階級、田舎住まい、既婚、教会に行く、家に銃がある(あった)

・ヒラリー支持層: 白人労働者階級以外、都会住まい、未婚、教会に行かない、家に銃がない

という結果で、特に銃の有無で支持層に大きな差がある点が興味深く、グローバリゼーションが不可避な近現代において、グローカル/ドメスティックなアメリカを志向する層が増加しているという点が見て取れます。

また、川端先生は近代リベラリズムのほころびとして

・かつては「労働者の連帯」で既存の政府の打倒を目指していた左派運動だった、80年代から「アイデンティティ・ポリティクス」を強め、個人主義的なリベラリズムに傾斜。

・21世紀から、ベルルスコーニ(イタリア)、サルコジ(フランス)、トランプ(アメリカ)のように、リベラルな常識を守らない指導者が欧米先進諸国で誕生。

・若者の境界離れが進む一方、神秘体験への志向が強まり、未開的カルト(paganism)に復活の兆しがある(ネオナチなどにも未開的カルトの要素が散見)。

・宗教原理主義の肥大化、相次ぐ民族紛争→野蛮と文明が拮抗していた近代初期に戻りつつある。

といった事象を取り上げます。特に注目したいのは、左派運動が社会的な運動・連帯から個々人の問題への変化や、リベラルに対して反動的な立ち位置をとることが多い父権的(patriarchal)でマッチョなリーダーが各国で登場するなど、合理と非合理が捻じれているような状況になっています。

日本はどうなるか

進歩的かつ合理的である近代の出口において、前近代・近代初期的な非合理で事象が多発す現のアメリカを例にみてきましたが、日本はどうなったかについて、川端先生は下記のようにまとめられています。

・日本的な「未開性」/「土着性」(福沢が改革に努めた慣習など)は100年ほどを経たことでかなり消失し、(良し悪しは別として)日本の大幅な西洋化が達成。

・昭和的な「しがらみ」(先輩後輩の上下関係など)や「集団主義」(町内会・PTA等)を嫌う若者が顕著になっているが、長幼の序、死刑存置、体罰の肯定など、日本独自の「未開性」/「土着性」が残っている(必ずしも未開=悪というわけではない)。

・文明のサイクルが西洋に比べると遅れているので、も少しリベラル化が続いたあとに、反動がくる可能性がありうるが、リベラル化の増長と反動的な消失のどちらに振れていくかは、現段階ではわからない。


日本国内におけるリベラル化は今後も緩やかに進む一方、先行例として見てきたアメリカの例を踏まえると、その規模や内容にも多くの相違があるとは思いますが、リベラル化に対する揺り戻しの論調(バックラッシュ)が顕著となり、オルテガが批判してきた「大衆」が、特にネットを活動拠点しながら、その論調の担い手となるのではという印象を、昨今の国内の状況を見ながら思います。

※最近ではあまり使われなくなった印象がありますが、network citizen(ネット市民)の略称である「ネチズン(netizn)」が現代的な「大衆」の一形態といえるかもしれません。また、「大衆」やオルテガについては、第1回オフサイトセミナーもご参照ください。

そういった状況であるからこそ、日本の近代の入り口で展開された福沢の思想に立ち戻り、その当時の日本と現在を比べ、良し悪しはあれど何が変わり何が変わっていないのかを発見する必要、つまり古典に学ぶ重要性があると考えます。

次の記事では、福沢の思想の要点や、川端先生がご紹介された言葉の中から数種を選び、詳細などを記していきます。


・福沢諭吉の10の言葉 (2)




鈴木 真吾

鈴木 真吾

2023年3月よりインハウスクリエイターとして写真・映像撮影および編集、グラフィックデザイン、DTPなどを担当。専攻は文化社会学、表象文化論等。

ご案内

5バリュースクウェアは、5バリューアセット株式会社(5VA)によるコラムを掲載するサイトです。資産運用や資産形成、経済全般などにご興味がある方に向けて情報発信をしております。

5バリューアセット株式会社(5VA)は投資・債券のプロフェッショナルです。
気軽に相談ができる場として、無料個別相談やセミナーを設けておりますので、以下より詳細をご確認ください。
また当ブログに掲載していない、債券投資関連情報の調査レポートや市場ニュースも発信しております。