5バリューアセット株式会社は、日本のIFA(金融商品仲介事業者)を変えたいとの理想の下に、代表斉藤彰一が立ち上げた企業です。
当社ではお客さまと社会に役立つ存在を目指し、経営哲学・理念の共有や、精神性の修養に努めるべく、外部講師をお招きしての社内勉強会を定期的に催しております。
以下では、当社が開催した社内勉強会についてご紹介させて頂きます。
2026年9月4日、第12回オフサイト研修を開催しました。今回は第2回(「保守的態度とは何か」)、第4回(「西郷隆盛と動的宗教」)に続き、京都大学経営管理大学院特定准教授の浜崎洋介先生にお越しいただき「幸福とは何か?―福田恆存の人間観と幸福観」という演題でお話をいただきました。
福田恒存について
今回のオフサイト研修では「福田恆存の『私の幸福論』(昭和30-31年に「幸福のへの手帳」として雑誌『若い女性』に連載、1956年に新潮社で単行本化、1979年に『私の幸福論』に改題した文庫版がちくま書房より刊行)を中心に、福田の人間観や思想についてのお話をお聞かせいただきました。
まずは導入として、福田恆存のプロフィールや経歴についての解説をいただきました。福田恆存(1912-1994)は、評論家、翻訳家、劇作家、批評家、文学者など多彩な肩書を持ち、よく知られた業績としてはシェイクスピア戯曲の翻訳や、オスカー・ワイルドの『サロメ』(岩波文庫)、『ドリアン・グレイの肖像』(新潮文庫)などがあり、政治思想や保守の論客としての福田恆存ではなく、英文学の翻訳家としての福田恆存に馴染みのある方は少なくないと思われます。
福田は東京都の神田錦町の職人の家系の生まれで、「私は気質的にも良くも悪くも職人であり、下町人種であったのだ。だが、一方では、あたりを取巻く『知識階級』といふ異人種の包囲網に遭い、そうかといって身方の下町人種は大震災以後、もはや周囲になく、どっちへ転んでも孤独であつたのだ。」(「覚書I」『福田恆存全集』)という文章も残しています。
福田は特定の肩書やレッテル貼りを拒否するような文章を残しているそうですが、彼自身がその言論活動を通じて「保守反動」というレッテルを貼られ、メインストリームからは除け者にされてきましたが、そのような苦境に関わらず明るかったと浜崎先生は解説されます。
東京帝国大学の英文科に進学し、そこでシェイクスピア作品と出会い、卒業論文は『チャタレイ夫人の恋人』などのD・H・ロレンスをテーマにした福田は、思想の根幹にロレンスの影響を位置付けるようになったとされます。
25歳 (1937年) の時に本格的な評論「横光利一と『作家の秘密』」を発表し、日中戦争下で就職先がないため大学院に進学。その後中学校教師として静岡県の掛川中学校(現 掛川高校)に赴任するも一年で退職。28歳で雑誌の編集などを務め、小林秀雄や田中美知太郎らと交流を深めていきます。
加えて、浜崎先生が特徴的なエピソードとして言及されたのが、1945年に年末には戦争が終わると予測して西本淳江と結婚し、全ての公職を辞して防空壕掘りに専従し、文房具や本などを防空壕に入れて空襲から守り通すという自立精神・個人主義的な強さ(あるいは支えるものがある強さ)です。
戦後の福田は精力的な文学批評を展開した後、政治と文学論争に積極的にコミットし、批評から創作へとシフトして小説や戯曲を制作。昭和25年頃に依頼原稿ではなく自発的に書いた著作として『芸術とは何か』を出版したことで、福田自身が脱皮したと浜崎先生は述べられます(『芸術とは何か』については、今回の講演では省略)。
41歳(1953年)にロックフェラー財団の奨学金を得てアメリカ・イギリス、欧州各地を遊学。42歳で帰国。アメリカに対するコンプレックスを克服し、物質的な豊かさの裏にある文化・精神的な貧しさを指摘したエッセイ「アメリカの貧しさ」を発表。その後、「①自分が本当に書きたいことを書く」「②シェイクスピア劇の演出と翻訳に専念」「③時事問題の提出(a進歩的知識人批判 b 国語改革批判 c 戦後教育批判)」という3点を中心にした活動を行うようになります。
3点の中でも時事問題の提出が世論の反感を買い、当時の週刊誌でも糾弾される規模の反感(現代にいえば「炎上」)を引き起こし、特に批判を浴びたのが1954年12月の「平和論争」(進歩的文化人や雑誌『世界』の平和論に対する批判)で、演劇界やリベラル左派が中心となっていた当時の論壇から「保守反動」のレッテルを貼られ絶縁状態になりつつも、独自の批評活動を継続しています。
1955年7月~1956年5月まで、主著となる『人間・この劇的なるもの』が『新潮』に連載され、同時期(55年9月~56年12月)に後に『私の幸福論』に改題される「幸福の手帖」を雑誌『若い女性』連載し、その後は国語改革批判へ参与していきます。
浜崎先生によれば、福田は『人間・この劇的なるもの』で「人間」のあり方を描き、『私の幸福論』(原題: 『幸福の手帖』)ではそれをより具体的な〈幸福論=倫理〉へと落とし込み、現代社会批評の文脈で示そうとしており、哲学的・文学的な文章と平易な言葉という差異はあるものの、両者で語られる内容はほぼ同様であるそうです。
『人間・この劇的ななるもの』
『私の幸福論』に入る前に、まず『人間・この劇的なるもの』で論じられた福田の人間観や宿命について確認していきます。
1956年に単行本が発刊され、1960年に文庫化された『人間・この劇的なるもの』について、福田は「『本当に書きたいこと』を書こうとしていた。『私の人間観』が書きたかったのだ。『平和論争』などで、いわゆる『進歩主義者』の反応を見ていると、彼らの『人間観』と私のそれとが、いかに食い違っているかを痛感した。問題は結局そこにある。そこを明らかにしなければ、どうにもならぬと思った。いや率直にいうと、彼らと私との間で人間観が異なっているのではなく、私は人間観から出発しているのに、彼らはそこを素通りしているのである。私にいわせれば、彼らに人間観はない、あるいは、それに関心をもたないということになる。」(『評論集』あとがき, 1966)と記しています。
「人間」のあり方を基盤に据える福田の議論は現在にも通ずるものがあり、社会が変われば人間が変わるという近代以降の考え方では社会ばかりを注視してしまい、結果として社会に振り回され自分の筋が通せなくなる、つまり「幸福」にはなれないと浜崎先生は指摘されます。
『人間・この劇的なるもの』は雑誌『新潮』なので、主要な読者層は文学愛好家やインテリ層であり、彼らに訴求力のある哲学(サルトルなど)に絡めた箇所や、『ハムレット』論が相当に織り込まれています。その一方、雑誌『若い女性』連載された『私の幸福論』(「幸福の手帖」)は『人間・この劇的なるもの』で論じられたものとほぼ同内容を、インテリの言葉を使わずに書いたものになっていると浜崎先生は述べられます。
『人間・この劇的なるもの』は『ハムレット』論という側面もあるほか、文学や演劇(ギリシャ悲劇やシェイクスピアの諸作)についての予備知識も求められるため、『私の幸福論』に比べると連載時の読者層に合わせた敷居が高く感じるかもしれませんが、「あなたは幸福にならねばならない」「今再注目のロングセラー」という帯のキャッチコピーが印象的な『私の幸福論』の刊行は1976年(『幸福の手帖』の単行本は1956年)で、刊行から50年になる現在でも好調なセールスを続けているのが特徴(筆者の手元にある版は2026年6月の第26刷)で、浜崎先生が福田研究を行っていた頃は福田の著作が文庫版で復刊されるとは思いもせず、現在ではロングセラーとなっていることについて文筆や言論の世界での時間スパンが全く違うと述べられていました。
「宿命」と役割
『人間・この劇的なるもの』は『ハムレット』論もベースなっており、冒頭に登場する有名な一説である「私たちが欲しているのは、自己の自由ではない、自己の宿命である」(17頁)や「私たちが真に求めているのは自由ではない。私たちが欲するのは、なさねばならぬことをしているという実感だ。なにをしてもよく、なんでもできる状態など、私たちは欲していない。」(17頁)、「私たちは自己の宿命のうちにあるという自覚においてのみ、はじめて自由の溌溂さを味わえるのだ。自分が居るべきところにいる実感、宿命感とはそういうものである。」(23頁)といった記述には、「何をしてもいいし、何もしなくてもいい」という可能性が開かれた自由を享受する人間ではなく、宿命という「なすべきこと」とを受け入れて邁進する職人気質や、一本筋を貫き続けるような〈態度〉を重んじる福田の人間観がよく表れています。
宿命や個性、自由などは『人間・この劇的なるもの』の中心的なキーワード、あるいは福田の人間観の根幹を成す考えで、選択肢の多さ(自由)に対して 宿命感/必然感)の流れを感じられるか否かが福田のいう「幸福」につながる一方、宿命を見いだせず「居るべきところに居る」という自明性を失った状態(何者でもないが、何者にもなれる)は近代人の原型であり、その典型例がハムレットであると浜崎先生はまとめられます。

デンマークの王子ハムレットは、父の急死(父の亡霊に王の弟クローディアスによる謀殺を知らされ、復讐の命を受ける)、母とクローディアス再婚によって、女王の息子なので王位継承者であり、王の甥でもあるので王位継承者ではない可能性があり、復讐者になる可能性を持ち、クローディアスの王位を脅かす監視対象もとも見なされるという「何をしてもいいが、何もしなくてもいい」という、宿命を失った自由人という立場に置かれ、浜崎先生は「自分は何をすべきか」を見付けることが『ハムレット』の主題にあり、ハムレットはいわゆるモラトリアムとしての大学生活と類似した状況と指摘されます。
劇中のハムレットは亡霊としての父を目撃することで復讐者としての宿命を見出す一方、自分一人しか見ていないため父の亡霊は夢や幻覚ではないかと考えることで復讐者としての宿命を拒絶し、福田は「ハムレットのうちには、亡霊を見たがる男と同時に、それを拒絶しようとする男が棲んでいる。宿命を欲するハムレットは、一方では宿命を却けようとしているのだ。」(53頁)と記します。
自分の宿命について考えながらも、それに対して疑いを持つというハムレットの体験は現代にも多く見られ、近代人は自らの生涯を必然化したいという悩みがあり、物語を持たないために演技をすると浜崎先生は述べられ、「ハムレットは自己の行動のきっかけを現実のうちに認めることを拒絶する。ハムレットは、現実の外に、自己をうながす行動のきっかけを求める。彼は亡霊が見たかったのだ。」(46頁)、「ハムレットは、自己の宿命を待ち構えている人間である。いいかえれば、これが宿命であると納得のいく行為の連続によって、自己の生涯を満たしたいと欲している人間なのである」(52頁)という箇所から、ハムレットは現実=社会(あるいは「全体」)によって行動を促されることを拒絶し、夢(=亡霊を見る)に宿命的な物語を求める非常に欲張りな人間であるが、そういった姿勢が現代人に必要ではないかという問いかけが、『人間・この劇的なるもの』で提起され、「何のために生きているか」を物語の中で制度化するために、人は演技を行うという構造)を指摘されます。
『ハムレット』では、復讐者としての宿命を果たすうえで計画を悟られないよう狂人を装い、別場面ではクローディアスによる毒殺を暴くための劇中劇(王の耳に毒を注いで殺害する場面が含まれる)を上演するなど複数の演技が登場しますが、宿命=自分のなすべきこと/理想のために、様々な演技を行うことは現代の日常生活においても普遍的なものとして根付いており、『人間・この劇的なるもの』というタイトルも、シェイクスピアが作中で形作った普遍的人間性を踏まえたものと感じさせられます。
ストイシズム(個人主義)の限界
浜崎先生は現代人には、自分の納得がいく宿命を求めるという姿勢が必要かもしれない、と述べつつ、近代とも言い換えられる伝統がなくなった混乱期において、自己や個人を肯定する保身術として機能するストイシズム(個人主義)が限界=死に突き当たり、「いかなる個人もその生涯を必然化しようとするならば、自分の死を必然化しなければならぬのである。人間にとって唯一の不可能ごとであるが、悲劇の主人公は、私たちに代わって、それをやってくれる。(……)私たちは死の先手を打つことよって死に勝つことはできない。」(66-67頁)という一説を紹介されます。
どんなに自分で宿命を造っても死に対してはそれが通用せず、コントロールすることもできず、悲劇の主人公(福田が例にあげるのは『ハムレット』に加え、『オセロー』『リア王』『マクベス』、いわゆるシェイクスピアの「四大悲劇」)がその生涯を必然化する=宿命に殉ずる、あるいは『私の幸福論』に登場する「己の流儀」を貫いたことを示すために死に敗北する必要があり、次のように福田は記します。
「悲劇の主人公は、私たちに代わって、それ(引用註: 完全な自由のために、自分の死を必然化すること)をやってくれる。そして彼らの死がことごとく自殺に似ているのは、この不可避なるもの(引用註: 死)に向かって、みずから歩み寄るごとき一糸乱れぬ行為の統一性のためにほかならぬ。」
(66-67頁)
「自分をどう主張したところで、死は容赦なくやってくる。自分で編み出した必然性や、自分で造り出した宿命など、自分の死後にまで通用するはずのものではない。オセローの死もリア王の死も、そしてハムレットの死でさえ、マクベスと同様むごたらしい犬死にではなかったか。(……)ストイシズムを頂点とする個人主義の限界がそこにある」
(86頁)
『人間・この劇的なるもの』における、宿命や死に関する部分(第四節)は、ある程度の事前知識は必要になるとは思われますが、浜崎先のお話の前半部は『ハムレット』を中心に据えたものであるので、あらすじを大まかにでも読んでおくことで、前半で論じられた内容を追いやすくなります。また、ストイシズム(「おひとりさま」的な精神性)は個人主義=快楽主義という形で、お話の後半部にあたる『私の幸福論』においても詳細に論じられます。
宿命の受諾と成長
己の宿命は、判断の停止=自由の放棄に表れるものと浜崎先生はまとめられます。一例として、あれかこれかという選択肢を決められない状態(打算的な判断による堂々めぐり)を停止させるような決断を行うことで、己の一歩=生き方=信仰がハムレットの最終段階(諦念と覚悟)につながります。
劇中のハムレットは、モラトリアム状態/苦悩と停滞(父の急死・母の再婚という状況への失望と、復讐者としての責任を負うことへの躊躇、「生きるべきか、死ぬべきか、それが問題だ」という決断の宙吊り)、宿命の受け入れ(「一羽の雀が落ちるのにも、特別な神の摂理(providence)がある」)、行動への移行(決闘への立ち向かい)というような精神的成長を見せ、モラトリアム状態という自由の放棄が、成長や諦念と覚悟に繋がります。
多くの場合、自由は全体(社会や法規範、倫理など)の外にでることで得られるものと思われがちですが、福田は全体の中での部分的な関係調整を通じてしか自由を獲得できないと論じており、この点は『私の幸福論』の中で言及された不自由の中に自由があるという指摘と重なるほか、『ハムレット』を軸にした人間観に関する議論の中にも、バーク(『フランス革命の省察』)からオルテガ(『大衆の反逆』)由来の保守思想の要素が多く散りばめられているという印象を強く持ちました。
加えて浜崎先生が資料に中に引用した記述で印象的な部分あります。ひとつは、現在にも通じる選択と決断に関わる箇所で、もうひとつは全体に滅ぼされ「死を必然化する」個人を描く悲劇の持つカタルシスや「幸福」を感じるという指摘で、悲劇や歴史の中にある「敗者の美学」といった要素が人を惹きつける理由について、明瞭な解釈を提示されたような印象を抱きました。
劇の主人公は、つねに一貫した行動であるがゆえに、最初に、あるいは劇の進行過程のどこかで、この判断停止と批判の中絶とを敢行しなければならない。いいかえれば、かれが不十分な資料を、不十分なまま信頼しなければならないということだ。劇の主人公ばかりではない。じっさいには、私たちは常にそうして生きている。(……)もし資料が十分に出そろってから行動に移るべきだとしたら、私たちは永遠に行動できぬだろう。資料は無限であり、刻々に増しつつあるものであり、のみならず行動によってのみ、あるいは明らかにされ、あるいは新しく発生するからだ。私たちは認識のためにも、行動しなければならぬ。そして失敗するだろう。それが悲劇の型である。
(139-140頁)
資料ないしは選択肢は無尽蔵に増え続けるために、私たちは行動・決断をする必要に迫られ、失敗することが悲劇(tragedy)の型であり、『リア王』の冒頭で不十分な資料を信頼し三女コーデリアを勘当したリア王の失敗などが思い浮かびます。
また、浜崎先生は人が悲劇を見たがる理由として、失敗してもなおある種の生き方や決断、人間のあり方を見たいという欲望をあるほか、失敗・挫折する人間はヒーローとも言い換えられ、観客はヒーローから「生の全体感」や「幸福な生き方」を感じるために劇場に足を運ぶことや、小説や物語を諦めることができないと指摘されます。
悲劇は破滅的な結末、逆らえない運命(「宿命」や「全体」)、観客の感じる哀れみや畏れと心の浄化(「生の全体感」や「幸福な生き方」に触れるカタルシス)などが特徴であり、理不尽ともいえる「全体」に翻弄される人物、勝算なく「全体」に立ち向かって破滅する人物が多く描かれます。
福田は「全体」によって滅ぼされる個人の情念や自由に美学が見出されると述べており、そこからまず連想させられたのはソフォクレス『アンティゴネ』、エウリピデス『トロイアの女たち』といったギリシア悲劇であり、日本の例では忠臣蔵や任侠作品などにも特徴的な「敗者の美学」「判官贔屓」などにも通じるものがあります。「敗者の美学」もいわば、「宿命」や「必然性」を感じる状態であり、福田のいう「幸福」に重なる部分も多くあると思います。
私たちは、滅びながら、眼のまえに、自分を棄てて生きのびる全体の勝利を見ようとする。それを見て喜ぼうとする。この本能は、おそらく劇場の美学の根本原理をなすものであろう。ギリシア劇においても、シェイクスピア劇においても、またイプセン、ストリンドベリ、チェーホフの戯曲においても、この美学の原則は忠実に守られている。そこでは個人の恣意や情念が、その極限まで刺戟され追究されたあとで、かならず全体の何より罰せられ滅ぼされていく。私たちの、意識の表面は、そこに個人の自由を読み取って、日常生活では得られぬ満足感を感じるかもしれぬ。が、無意識の暗面では、その個人の自由が罰せられたことに、限りない慰撫を感じているのである。なぜなら、そこに私たちははっきりと全体の存在を確かめえたからである。
(143-144頁)
前半部は『人間、この劇的なるもの』が中心であるため、浜崎先生のお話も『ハムレット』を下地にしたものが多く、紹介される福田の文章は抽象的かつ演劇的な言い回しが強い印象がありましたが、『私の幸福論』は具体的かつ平易な文章になっています。
浜崎先生の解説にもあったように、『人間』と『幸福論』は同時期に連載として執筆されたもので、同じテーマについて異なる文体で論じられています。後半部は『幸福論』についての記事になりますので、前半部を難解に感じた方は、後半の記事を読んだ後に前半部を再読いただければ幸いです。
・「幸福とは何か?(2)」
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